0.019 (第6話)

昨夜は一睡もできなかった。当たり前だよな。ベッドから一歩も外に動き出せず、僕はうずくまっている。

 

どうして思い出してしまったんだろう。いや、逆だ。どうしていままで何も知らずに過ごして来られたんだろう。

 

いま思い出したということは、思い出す必要があったのではないか。自分が、二度も人生をやり直したことを。

 

二度やり直したことで、何か、何かを、失っているような。感覚が。また襲ってくるのだ。

 

思い出したくない。いよいよ、戻れなくなる気がする。いままでの、ただのんびりとした生活に、震えるほど戻りたくて、仕方がない。

 

いや、違う。どっちにしろ、もう戻れないのだ。人生を二度やり直してしまったことを、意識の表面に、確実に浮き上がらせてしまったのだから。

 

歯を食いしばる。脳が、それに合わせてガンガンと、血液が滞っているかのように嫌な音を立てる。体の震えがおさまらない。

 


トントン。

 

自室のドアが叩かれた音がした。母だ。

「あんた、大丈夫…?今日は土曜よ。たしか午前中授業あるのよね?」

 

「あ……ああ…ごめん。風邪引いたみたいなんだ、今日は休む」

 

「……ねえ真琴。ちょっと、部屋入ってもいい?」

 

え…?そんなことを言うなんて、すごく珍しい。いつも、僕が一人になりたいとき、それを察して引き下がってくる母が。部屋に入りたいなんて。どうしたのだろう。もしかして、病気が悪化したのか。その報告?とにかく、心配で仕方がない。

 

「…うん。入って」

 

僕は、母に聞こえるかどうかもわからないくらい小さな声で、了解を返した。

 

「急にごめんねぇ。お母さん、ちょっとあんたに話したいことがあってね。」

 

奇妙なほどやつれた母の顔。その色が深刻なものに変わる。僕は黙って、ベッドに横たわったまま、母の口が次にどのような動きをするか、見守っていた。

 

「あんた、最近もしかして、何か変な夢を見たりしない?」

 

 

バサッ。 

 

思わず、掛け布団を乱暴に払って、上体を起こした。 

 

「やっぱりね…。あんたが覚えてないことはわかっていたけど、最近様子がおかしかったから」

 

心臓が、頭が、気持ちが、どこか痛いと感じるほど、ぐるぐると回っている。どうして?母が知っている?何を?どこまで知っているんだ?

 

 

「ねえ、真琴。私ね、このまま言わないでおこうと思ったけど…やっぱり、あと少しだと思うと、どうしてもつらくて。だから…ここから先は、しっかり、気を確かにして、聞くんだよ」

 

本当は嫌だった。聞きたくなかった。でも、母が伝えたいと言うなら。

 

「……わかった。母さんが知ってること、全部、教えてほしい」

 

(続く)